九月の風が吹くとき、僕はあの夏の日々のことを思い出す。
他愛ない悪ふざけに無邪気に笑いあった僕らは、
この友情が永遠に続くものと信じて疑わなかった。
眩いばかりに輝いた青春の煌めきが、
これ程までに儚く潰え去るとは、

そのときの僕たちは想像することさえできなかった――。

『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』『藍色夏恋』を生んだ台湾映画界から、今また新たな青春映画の傑作が誕生した。

1996年夏、台北郊外の街、新竹を舞台に、9人の高校生たちの愛と友情、そして甘く切ない時のうつろいをみずみずしい映像美とともに描き出し、08年6月に台湾で封切られるや、予想外の大ヒットを記録、マスコミからも「この10年間の台湾映画のベスト」と絶賛され、上海国際映画祭アジア新人賞部門グランプリを皮切りに、台北映画祭では審査員特別賞、メディア推薦賞、脚本賞、新人賞の4冠に輝いたほか、数々の映画賞を受賞、名実ともに08年の台湾映画界を席巻する一作となった。

台湾の新竹。学年も生活環境も異なる7人の男子高校生たち。野球場で騒いだり、深夜の学校のプールに忍び込んで裸で泳いだり、屋上で弁当を食べたり、大樹の下で無駄話をしながら悪ふざけをしたり…、彼らはいつも一緒だった。そんな“問題児グループ”のリーダー格が、3年生のイェンだ。生真面目な同級生タンは、そんなイェンを羨望と嫉妬の眼差しで見つめていた。タンは、イェンの恋人ユンに人知れず思いを寄せていたのだ。そんなある夜、プレイボーイのイェンの浮気が原因で、タンがビリヤード場で乱闘に巻き込まれ、額に傷を負ってしまう。その日以来、イェンとタンの間に微妙な感情の溝ができ、そしてその関係修復も束の間、思いがけない事故が彼らの身に降り注ぐ…。

監督は、短編『海岸巡視兵』が05年の台北映画祭で作品賞に輝いた注目の新鋭トム・リン(林書宇)。1976年生まれの彼は、自伝的要素を色濃く投影させたこの長編デビュー作で、等身大の青春模様をリアルに掬い取り、世代の異なるさまざまな観客層から普遍的な共感とノスタルジーを獲得。と同時に、緻密なカット割りと躍動感あふれる手持ちキャメラによる映像スタイルは、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)やエドワード・ヤン(楊徳昌)ら80年代台湾ニューウェイヴの監督たちに勝るとも劣らぬ斬新な才能の発見と、高く評価された。

出演は、主人公イェンに台湾とウェールズのハーフのリディアン・ヴォーン。快活なプレイボーイの内面に秘めたリーダーシップにカリスマ性を放ち、公開時に“台湾のトム・クルーズ”と絶賛されたのも納得の存在感を発揮する。クライマックス、彼の部屋でトランプやテレビゲームに興じる仲間たちを静かに見渡す万感の表情は、いつまでも観る者の心に焼き付いて離れないだろう。また、イェンと厚い友情で結ばれたタンを演じるのは、リー・カンション(李康生)監督の『迷子』で主人公の少年役に抜擢されたチャン・チエ。彼は、トム・リン監督の前作『海岸巡視兵』に続く出演で、監督自ら「僕自身だ」と公言するタン役を情感豊かに好演、感動のラストでは初々しい少年から青年の凛々しさへと鮮やかな変貌を遂げ、本格派俳優の片鱗を垣間見させる。ほかに、CMモデルとして活躍するジェニファー・チュウや、ピーター・チャンのプロデュースによる大作「十月圍城」への主要キャスト出演が決定したワン・ポーチエ、台湾の人気テレビ番組「模范棒棒堂(モーファンバンバンタン)」のメンバーのひとりで、毛弟(マオティー)の愛称で知られる人気アイドル、チウ・イーチェンなど、台湾映画界の次世代を背負って立つ若き精鋭たちが共演、彼らの将来を占うという意味でも見逃せない。ほかに、高校のクン教官に『深海 Blue Cha Cha』『西瓜』のルー・イーチン、イェンの浮気相手にテレビドラマ「緑光森林」のリウ・ピンイェン、彼女の恋人に『カップルズ』『ラスト、コーション』のクー・ユールンと、個性豊かな実力派が脇を固める。

特筆すべきは、香港映画界の第一人者、エリック・ツァンが本作の共同プロデュースを務めていることだ。愛娘に勧められて、本作の脚本を一読した彼は、その清新な物語にたちまち魅了され、プロデュースを即決。同時にイェンの父親役で特別出演して、香港公開に尽力したことでも思い入れの深さが判ろうというもの。

そして、90年代台湾プロ野球界のスーパースター、廖敏雄(リャオ・ミンシュン)の特別出演を忘れるわけにはいかない。当時の人々の人生に大きな影響を与えた彼の登場は、台湾プロ野球ファンならずとも観る者の胸を熱くさせるはず。必見だ。

ちなみに、エンドクレジットに流れるのは、台湾の人気歌手、チャン・ユーシェン(張雨生)のヒット曲「我期待」。ちょうどこの映画の舞台となった97年に交通事故によって31歳の若さで逝去した彼へのトム・リン監督たってのオマージュで、ハイトーンの澄み切った歌声が、感動の余韻を静かに締めくくる。

なお、原題の「九降風」とは、新竹に9月に吹く季節風のことを指し、この時期、台湾では卒業&入学シーズンと重なることもあり、日本の桜のように青春の新たな旅立ちと別れを象徴する代名詞ともなっている。